「心が折れる」は誤用だ。

 人前で使っちゃいけない言葉集 
 
 なんてものはオフィシャルには存在しないが

 マナーというか 公然と 衆知下で語っては その人の価値を下げてしまうというか


 ここ数年 私が 使いたくない言葉のなかで 

 この言葉は 上位に位置する

 普段 この言葉に近い 戯言を 数多く詰め込みながらも そう思う


 心が折れた時

 人は 死ぬんじゃ無かろうか

 ただ 傷つくのはアリでも


 この言葉を 投げられた時

 私は 返す言葉を持っていない

 そういったニュアンスでも この言葉を使いたくない


 「折れそう」になっても

 慰めを求めるにしても 百%の労りを 求めようなど 

 今同時に生きている 周囲に向けられようもない


 本当に 心が続かなくなった時

 出てくるのは この言葉ではない気がする

 「折れた」ことに 人は自ら気が付けないだろう 


 そこまで人は 自分を客観視できない

 もし そう思った自分がいれば たいそう 打算的で

 実は まだまだ余裕がある 自分がありながら


 本当に助けが欲しい人を差し置いて

 助けを求めようとする

 周りが見えていない状態な気がしてしまうのだ


 心は 一つ ぽっきりだから

 折れようはずもない。

 心が折れる時 それは 


 私にとっては

 今生にはない 

 知覚できない瞬間である